差別に基づいたモデルマイノリティの概念

差別というと、特定の人種やグループに属する人々の悪口を言ったり、また平等な機会を取り上げることによって特定のグループに属する人々のあらゆる権利を奪う形が一般的には語られことが多いでしょう。しかし、実際には差別を受けているマイノリティを理想化したり過剰に称賛する形の差別があります。それがモデルマイノリティの俗説 (英: model minority myth)と言います。モデルマイノリティ (手本や見本となる少数派) とは、差別をされていても教育やビジネスで成功を収めたり、法律や規則に従っていて社会の中でも手本になる少数派の事を示します。

もちろん、成功を収めることや規則に従うことは社会の中では歓迎されることではありますが、この考え方には少し問題があります。マイノリティの成功や良い行いを「素晴らしい」と称賛するだけでは、なぜそこまでマイノリティが特別に努力をし、社会で認められる行いをしなくてはいけなかったのかを無視してしまいます。pexels-photo-267885.jpeg

アメリカ社会ではこの言葉は特にアジア系アメリカ人に対して使われることが多くあります。(アジア系アメリカ人全体がモデルマイノリティとして扱われている場合とアジア系アメリカ人のサブグループ、日系やフィリピン系、インド系、中国系が別々の分野でのモデルマイノリティとして信じられていることもある)

例えば、日系アメリカ人はアメリカ社会に存在してきたアジア系や移民に対する敵意や第二次世界大戦中の日系人に対する敵意と強制収容によって不利な状況の中、暮らしてきてました。日系アメリカ人の中には、こうした不利な状況の中で、アメリカ社会によって認められる努力(アメリカ軍に志願するなども含まれます)をしようとした者も多くいたので、現在アジア系アメリカ人、特に日系アメリカ人の収入や教育のレベル、薬物乱用率の低さなども相まって彼ら彼女らはモデルマイノリティ、見本となる少数派として描かれるようになりました。

戦時中の日系アメリカ人の多くは他のアメリカ人と同様に、単にアメリカに暮らしている人々で、戦争には関わっていないにもかかわらず、敵視される場面が多くあったようです。やがて西海岸などに住む者たちはアメリカ政府により強制収容され監視のもとに暮らしました。(同様の処置はカナダ政府によって日系カナダ人にも行われました)

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第二次世界大戦中に、アメリカに忠誠心を示す日系人の子供達 (1942年 サンフランシスコ) Photo by Dorothea Lange [Public domain], via Wikimedia Commons

まっとうな理由もない、差別によって、社会の一員と認められるためにはより多くの努力(平等に扱われていたらしなくても良い努力)をしなくてはいけなかったというのが問題であって、その努力を見本として単に褒め称えるだけでは、過去の虐待や権利の侵害を無視することに繋がるのです。

言い方を変えると、支配的グループや多数派によってマイノリティは同化 (英: assimilation)を迫られ、もしそのマイノリティが社会の一員として認められるために、多数派に属する人々がする必要のない努力をしなくてはいけないことがあります。そして、それが果たされると彼ら彼女らが見本的な少数派として褒め称えられるので、見本になる少数派になることが有利に映ります。

また、「モデルマイノリティの活躍」を見て「人種差別はもう無い」という錯覚に陥る危険性もあります。差別という背景を無視するということです。

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マイノリティが社会からの圧力を感じ、同化しようとする/させられる事がある。 Photo by Mike Chai from Pexels 

モデルマイノリティの概念はステレオタイプを作り上げる

モデルマイノリティとしてのステレオタイプが一度作られてしまうと、マイノリティの現状が見えにくくなります。例えば、「一度アジア系アメリカ人は教育のレベルが高く、ビジネスでも成功していて収入も多い」というのがアジア系アメリカ人の生活に関する統計の一部からステレオタイプに変わると、実際にはアジア系アメリカ人の中でも中国系やフィリピン系アメリカ人が失業すると最低でも6ヶ月失業する確率が他のアジア系アメリカ人や非アジア系アメリカ人よりも高いという事実もあることには目が届きにくくなります。(Margaret 2017)

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マイノリティのある側面だけの成功が、ステレオタイプの種となってグループの抱える問題が見えにくくなる事がある。Photo by Pepi Stojanovski

まとめ

差別されてきたマイノリティが活躍するというのは素晴らしいことですが、グループがどのような背景から結果的にどのようなことを成し遂げたのかを深く考えなければ、差別を見逃すことに繋がってしまいます。

日本ではどのようなモデルマイノリティの話があるでしょうか?マイノリティの成功例の背景とプロセスを美談だけに気をとらずに批判的に見てみてください。


動画

日系アメリカ人俳優、ジョージ・タケイ氏が日系アメリカ人の収容の経験と日系アメリカ人がどのようにアメリカ社会から認めらるようになったのか語っている。 TED Talk (音声:英語 日本語字幕が選択可能)


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人種ってなに?people-2589091_1920

社会全体からの差別crowd-2457732_1920


注記

19世紀後半からアジア系移民への敵意がすでに膨らんでいた。1941年に真珠湾が攻撃され、1942年に当時大統領であったフランクリン・ルーズベルトは大統領令9066に署名しアメリカ政府による日系人の強制収容が始まった。戦中・戦後もアメリカ政府に対する訴訟などによって抗議が行われた。戦後の1988年に、アメリカ政府は差別的な政策であったことを認め、謝罪も行われた。(“Japanese American Internment.” Encyclopædia Britannica)

これに従う形で、同年カナダ政府からも同様に謝罪が行われ、措置が差別的であったと認められた。(CBC News, Radio Canada International)


参考資料

“1988: Government Apologizes to Japanese Canadians – CBC Archives.” CBCnews, CBC/Radio Canada, http://www.cbc.ca/archives/entry/1988-government-apologizes-to-japanese-canadians.

Britannica, The Editors of Encyclopaedia. “Japanese American Internment.” Encyclopædia Britannica, Encyclopædia Britannica, Inc., 16 Oct. 2017, http://www.britannica.com/event/Japanese-American-internment.

Montgomery, Marc. “History Sept. 22, 1988: Apology to Japanese-Canadians of WWII.” RCI | English, Radio Canada International, 18 Jan. 2018, http://www.rcinet.ca/en/2016/09/22/history-sept-22-1988-apology-to-japanese-canadians-of-wwii/.

Simms, Margaret. “‘Model Minority’ Myth Hides the Economic Realities of Many Asian Americans.” Urban Institute, 8 June 2017, http://www.urban.org/urban-wire/model-minority-myth-hides-economic-realities-many-asian-americans.


社会科学的な人種は存在する一方で生物学的な人種は存在しません。Anthro JP みんなの人類学には人種差別を広める意志や許容する意向は一切ありません。Anthro JP みんなの人類学では社会的のより多くの人々が人種に対する理解を深めることによって、人種差別がさらに広がらないことを望んでいます。 Anthro JP みんなの人類学

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