ポップコーンや焼きもろこし、コーンポタージュ、サラダの中に、日本で馴染み深いトウモロコシがメキシコ原産だと知っていましたか?
現在のメキシコ南部で様々な説があるようですが、10,000年ほど前からトウモロコシの祖先となる植物の栽培が始まったようです。トウモロコシは長い時間をかけて現在のような形になりました。そして、トウモロコシは北米*各地に単なる栄養源としてだけではなく、文化的、宗教的に重要な品として広がりました。
*北米: この記事では現在のアメリカ合衆国の本土とアラスカ、カナダやメキシコなどのメソアメリカ地域を含むことにします。
トウモロコシのはじまり
遺伝学の研究によると、トウモロコシは現在のメキシコ南部にあたる地域で様々な説がありますが10,000年ごろに栽培されるようになったようです。(“Corn” Encyclopædia Britannica)
イネ科の植物トウモロコシは同じくイネ科に属するテオシントと呼ばれる野生種から栽培化*されたようですが、この二つの種は全く違った植物に見えるかもしれません。(Fukunaga 2010)人間によって栽培化された植物や家畜化された動物は野生種とは全く異なる姿形をしていることがよくあります。
*栽培化 (英: plant domestication): 人間などによって育てられる植物の種を生み出す。人間にとって有利な特徴をもった個体が選ばれ、子孫を残すため、植物が野生では見られない形や成長の仕方をするようになる。英語では動物の家畜化と植物の栽培化を共にdomesticationという。

トウモロコシの長い旅
炭水化物の源となるトウモロコシは南北アメリカの各地に広まります。考古学者の間ではメキシコ南部から「グループから別のグループに伝わる形でトウモロコシが広がった」という仮説と「トウモロコシを栽培する人々がトウモロコシと共に広がった」があるようです。
6,000年前にアメリカ合衆国の南西部にあたる地域にトウモロコシが伝播したのではないかと言われています。(Merrill et al 2009)
現在の米国南西部では、ユト・アステカ祖語の話者によってトウモロコシの栽培が広がったようです。(Merrill et al 2009)
この地域ではトウモロコシと人間の成長を比喩的に結びつける習慣が報告されています。(Washburn 2012)
現在、ユト・アステカ語族に属する言語はホピ語やコマンチェ語、ナワトル語などで、ユト・アステカ語族に属する言語はメソアメリカに点在し、米国の南西部にも広く分布しています。
暮らしに重要なトウモロコシ
北米各地に暮らしてきた様々な先住民族の間でトウモロコシは特別な存在としてあり続けてきました。メソアメリカや米国南西部、アメリカ北東部やカナダ東部にかけてトウモロコシに関した様々な伝承や伝説、神話、モノの見方などが存在してきました。
メソアメリカ・米国南西部
例えば、メソアメリカのオルメカやサポテク、ナワ、マヤなどの様々な社会はトウモロコシによって支えられてきて、それらの文化でトウモロコシが象徴性や意味を持ち、伝説や神話などで語られることは珍しくなかった/ないようです。(Washburn 2012)
マヤ文明の神話にも登場するケツァルコアトル* (ナワトル語: Quetzalcóatl)は農耕にまつわる神で、彼が人間やトウモロコシ、プルケと呼ばれる酒の創造のプロセスに関わったという伝説もあります。(Carrasco 2000)
メソアメリカには多くのトウモロコシにまつわる神が語り継がれてきました。
また、マヤ系の民族集団で、メキシコ西部に暮らすツェルタルの人々の間では子どもの成長の段階とトウモロコシの成長の段階が結び付けられて名付けられているようです。
アリゾナ州など、アメリカ南西部に住むホピ族の間でもトウモロコシの成長と人生のステージが比喩的に結び付けられているようです。(Washburn 2012)
三姉妹の一人として
さらに北の米国の北東部やカナダ東部ではトウモロコシが「三姉妹」の一人として特別な文化的重要性を持ってきました。
トウモロコシは米国の北東部やカナダ東部を代表する民族集団、ホデノショニ (Haudenosaunee)などの間でカボチャや豆と並び、「三姉妹」と呼ばれ、畑の同じ場所に一緒に植えられました。(“Utilisation des plantes par les Autochtones” l’Encyclopédie canadienne, “Northeast Indian” Encyclopædia Britannica)
これはヒトと他の生物(ここではトウモロコシなどの植物)が共に環境を作り上げている例であるだけでなく、文化がトウモロコシなどの植物に象徴性や文化的な意味を与えた環境と文化が影響しあっている例だとも言えます。
「三姉妹」はまさに姉妹であるかのように独特の方法で植えられます。
ブリタニカ百科事典の英語版 (“Northeast Indian” Encyclopædia Britannica) によると、現在のアメリカ北東部などに暮らしてきた先住民族たちは、”盛った土の中心にトウモロコシの種をまき、それを囲むように豆を植え、さらにそれらを囲むようにカボチャを植えた”ようです。そして、”トウモロコシが育つと、豆のツルがトウモロコシの茎を支柱にして育ち、カボチャの広い葉によって出来た影が雑草が育つのを防ぎ、さらに土の水分を適度に保つ”ようです。
また、”トウモロコシが窒素を消費して痩せた土壌は豆の持つ土壌の窒素を保つ能力によってまた肥沃な土壌に戻る”ようです。狩りや採集によって得られた野生の動植物などと一緒に食されてきたようです。(翻訳: Anthro JP)
例えば、アメリカの北東部のイロコイ連邦(ホデノショニ連邦)に属するセネカ族*の伝説にはオナタと呼ばれるトウモロコシの精が登場します。
この言い伝えを19世紀の初めに記録した民俗学者のマックスウェル コンバース (Converse & Parker 1908) によると、 オナタと豆の精、カボチャの精は姉妹で、偉大な母なる大地の娘たちで、ある時、オナタが露を探しすために畑を離れて迷っていたところ、ハグウェダエトガによって地底の暗闇に閉じ込めらて、畑のことを考えながら苦しみました。そして、太陽の光が彼女をまた畑へと導き、それ以降は彼女はトウモロコシが育つまで畑を去らなくなりました。
この他にも、ホデノショニの間でのトウモロコシの起源に関する多くの伝説やトウモロコシの使われ方、トウモロコシの栽培や品種に関する記録が文化人類学者や民俗学者によって残されています。(Parker 1910, Smith 1880-1881) またトウモロコシに関する儀式も存在します。(Haudenosaunee Confederacy)
*セネカ族: 五大湖やセントローレンス川周辺地域の他の北米先住民族集団と共にホデノショニ/イロコイ連邦を構成する。歴史的に現在のオハイオ州東部からニューヨーク州西部にかけて暮らしていた。現在もニューヨーク州西部を中心に存在する民族集団。
18世紀に6つのネイションが揃ったイロコイ連邦の地図。東からモホーク族、オネイダ族、トゥスカロラ族、オノンダガ族、カユガ族、そして一番西にセネカ族の領土がある。[Public Domain]
まとめ
現在のメキシコで栽培されるようになったトウモロコシは北アメリカ各地(そして今では世界中)に広がり、単に食料として重要なだけでなく、文化的な意味をもった品としても重要であり続けてきました。人類は単に自然の形を生き残りのために変化させるだけでなく、自然の中に象徴や意味を見出そうともするようです。これは北米の先住民族に限ったことではなく、日本人の米に対する思い入れなどを見れば特に珍しいことではないと気がつくでしょう。
参考文献
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